§3 アポロによるホメロスの誕生

アポロ的文化はどのような土台の上に成り立ったのだろうか。

アポロ的衝動によって産み出されたオリンポスの神々には、他の宗教の神と違って、禁欲や義務を思いおこさせるようなものは何ひとつない。彼らは豊満な、勝ち誇った存在なのである。

ギリシアの民間の哲理は、シレノスに次のように語らせている。

「御身にとって最高のことは、手の届かぬところにある。
それは生まれなかったこと、存在しないこと、なにものでもないことなのだ。
しかし、御身にとって次に善いこととはすぐに死ぬことだ。」

このような哲理にたいして、オリンポスの勝ち誇った神々の世界はいかなる関係にあるのだろう?
神々は、人問生活を身をもって生きることにより、人間生活を是認しているのである。

ギリシア人は人生の悲惨さをよく知っていた。世界の深淵と、苦悩の敏感な感受能力を徹底的に克服するためには、楽しい妄想による眩惑と、喜びに溢れた幻影の群れの助けを必要としたのである。自然という巨人的な力に対する大きな不信は、ギリシア人によって、オリンポスの神々というあの芸術的な中間世界を通して克服されてきたのである。

恐怖という原始的暴君的な神々の秩序から、歓喜というオリンポスの神々の秩序が生み出されるに至ったのは、ゆっくりした経過をたどりつつアポロ的な美の衝動を通しておこなわれたことである。さながら棘のある藪の中から、薔薇の花が咲き出るのにこれは似ている。

シラーの「素朴な芸術」という概念があるが、これは決して単純な、自然発生的な状態のことを言うのではない。
芸術上の「素朴」といえば、アポロ的文化の最高の作用のことをいうのだと、われわれは考えている。
美をこのように映出することによって、ギリシア的「意志」は、苦悩に対する才能、苦悩を知恵によって処する才能という、およそ芸術的な才能とは相関的な天分に対して戦いを挑んだのであった。
そして、その勝利の記念碑として、われわれの目の前に立っているのがホメロス、素朴な芸術家なのである。

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